最近の研究

 

走査トンネル顕微鏡(STM)技術を基礎に原子~ナノスケールでの材料評価および測定手法の開発を行っています.


 貴金属表面上に形成される炭素ナノ構造のSTMによる研究

APG(アークプラズマガン)と呼ばれる蒸着装置によって貴金属表面へ炭素蒸着を行うと,完全に形状の揃った炭素ナノ構造が形成されることを見出しました.我々の見出した構造はその形状からC20の1次元重合体である可能性があり,現在研究を進めています.この構造は表面上で比較的動きやすく,STMでその配列を操作できる可能性があり,将来的にはナノスケールの構造のビルディングブロックとして使用可能であると考えられます.

Ag(111)面上に炭素蒸着を行った結果.粒子状の構造が1次元配列した構造が確認できます.

同様の構造はAu(111)面上でも形成されます.興味深いことにAu(111)面上ではいくつかの異なる大きさの構造が形成されます.


STM-アトムプローブトモグラフィー(APT)複合計測法の開発

ナノメートルの空間分解能を持つ元素分析手法であるAPT法と,真の原子分解能観察が可能なSTMとの組み合わせによる材料評価手法の研究を行っています.この手法の狙いは2つあります.一つはAPT法で用いられる電界蒸発現象を利用してSTM観察可能な表面を作製すること.このことによりSTMの適用範囲を大きく広げることが期待されます.もう一つは,APT法により試料組成の情報を得た上でSTM観察を行うことです.APT法は空間分解能に,STMには元素識別に難があるため,両者の併用で互いを補える可能性があります.

APT法では試料は先端半径が最大100nm程度の針状の形状です.一方,STM探針も先端が非常に先鋭な形状であり,両者の位置合わせには技術的な課題があります.我々は表面上に形成したナノピラミッドを多探針STMとして利用するこで,この問題の解決を図りました.

多結晶Pt-Ir,単結晶TiO2試料を用いた実験により,3次元アトムプローブの測定試料をナノ~オングストロームの空間分解能でSTM観察が可能であることが明らかになりました.図はTiシリサイドナノピラミッドをSTM探針に,単結晶TiO2を試料として実験を行ったものです.図(a)中に数個の同じ形の像が観察されます.これは単一のTiO2試料を複数のTiシリサイドナノピラミッドでイメージングした結果です.図(b)は図(a)中の白線上でのラインプロファイルです.TiO2(110)面間隔に相当するステップとテラス(原子オーダーで平坦な面)が観察されていることがわかります.

現在,完全に形状の揃った(相似形の)Pt/W(111)ナノピラミッドを用いた研究を進めています.研究の結果,Pt/W(111)ナノピラミッドを用いた場合には通常のSTMとほぼ同等の空間分解能を発揮させられることが明らかになりました.


Mg-LPSO合金のSTM(走査トンネル顕微鏡)による組織観察

Mg-LPSO合金はMgに遷移金属(Zn, Niなど)と希土類金属(Y, Gdなど)を微量に添加することで得られる三元系合金であり,従来型のMg合金を大きく上回る強度と加工性を持ちます.Mg-Zn-Y合金中にはLPSO構造と呼ばれる、MgのHCP構造をベースに元素組成変調と積層欠陥が同期した構造が現れることが知られています.またLPSO構造を持つ相はキンク変形と呼ばれる特殊な変形挙動を示しHCP金属の双晶変形を抑制するため、材料を非常に強く強化すると考えられています.しかしLPSO相内部の濃化層内の原子配置(Zn-Y分布)は完全に把握されておらず,またこの構造が発達していくメカニズムに関しても不明な点が残されています.本研究では合金の劈開破面をSTMによって観察することで、LPSO相を特徴付けているレアアース(RE)濃化層やその周辺における原子配置・電子状態を明らかにし,LPSO相の構造の詳細および形成過程を解明することを目的としています.

LPSO相の劈開面をSTM観察した結果.暗くイメージされているスポットが一つのZn-Yクラスターに対応しています.STMを用いることで,個々のクラスターの位置を決定することができます.研究の結果,この合金ではZn-Yクラスターを一つの粒子として考えることが可能であることが明らかになりました.

Zn-Yの濃度によってはクラスターは比較的ランダムな配置をとります.


これまでに行ってきた研究

金属原子サイズ接点のメカニカルアニーリングの研究

メカニカルアニーリング(Mechanical annealing :MA)とは接触面積の上限を設定して2つの電極の接触・破断をくり返すことにより,電極がエネルギー的に安定な形態へと変化する現象のことです[1].本研究ではいくつかの種類の金属ナノワイヤに対して,MAがどのように起こるのか主に分子動力学シミュレーションを用いて研究を進めています.シミュレーションではAu,Al,Cu,Ni,Ptナノワイヤを対象とし,またそれぞれの金属ナノワイヤに対して,方位依存性を研究しました.例えばAuナノワイヤに関しては[100]・[110]・[111]方位の3種類のナノワイヤを準備し,ナノワイヤの接触・破断時の(i)電極の構造変化,(ii)電極の結晶性の推移,(iii)破断過程におけるネック部の最小断面積の時間変化とそのばらつき,を詳細に調べました.その結果Auナノワイヤに関して [100]ナノワイヤの最小断面積変化は[110]のそれに比較して再現性が高いことが明らかになりました.現在この原因を各金属の表面エネルギーと関連づける形で,検討しています.

[1] C. Sabater, C. Untiedt, J. J. Palacios, and M. J. Caturla, Phys. Rev. Lett. 108, 205502 (2012).


圧縮条件下における金属単原子接点の高バイアス安定性

金属電極間を1個の原子で架橋した単原子接点は,究極の微細配線としてナノデバイスへの応用が期待されています.金属単原子接点の安定化エネルギーWはバイアス電圧Vおよび接点に加わる引張力Fに依存し,次式のように表されることが経験的に知られています.

W=W0αVβF                         (1)

ここでαβは正の係数であると考えられ,単原子接点は引張り力の場合よりもF<0である圧縮応力下の方がより安定となると考えられます.しかしながら,実験による検証はまだ十分に行われていません.そこで本研究ではAu,Pb単原子接点を対象としてその破断電圧を引張・圧縮両条件下で測定し,両者の比較から単原子接点の安定性とFとの関係を明らかにすることを目的とし研究を進めています.


金属単原子接点の安定性の温度依存性

金属単原子接点の安定性は,応力環境だけではなく,温度にも依存しています.本研究では4K-900Kにわたる広い温度領域において,単原子接点の安定性を詳細に調査しています.

 

京都大学大学院工学研究科 材料工学専攻 / Department of Materials Science and Engineering, Kyoto University